新・必殺ブログ人~ひとり市民革命~

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

市民のための情報発信

更新は約3ヶ月ぶり。普段の主張は完全にTwitterの方へ以降しました。

 安倍政権は今国会でTPPの強行採決を目論んでいる。国民生活をますます困窮へと追いやり戦争へと突き進もうとする安倍政権や自民党と戦い、次の総選挙で政権後退を実現する以外にこれを止める方法はない。
 さて、日本には民進党や共産党など野党4党以外にも、国会に議席を持たない市民政党や政治団体がいくつも存在する。大手メディアもなかなか報道しないそうした団体の発信する情報は安倍政権と対峙する上で非常に参考になるものが多い。今回はその主要なものを紹介しよう。

解放【革共同・革命的マルクス主義派】:http://www.jrcl.org/
前進【革命的共産主義者同盟全国委員会】:http://www.zenshin.org/zh/

 前進(2014年2月までのバックナンバー):http://www.zenshin.org/f_zenshin/zenshin.htm
週刊かけはし【日本革命的共産主義者同盟(JRCL)】:http://www.jrcl.net/p01b.html
戦旗【共産主義者同盟(統一委員会)】:http://www.bund21.org/opinion.htm
解放【革命的労働者協会解放派】:http://www.kaihou-sekisaisya.jp/back_nunmber.html


この5つがオススメだ。是非目を通すようにしたい。

スポンサーサイト

PageTop

21世紀の黒船、民主党と維新の党が遂に合流へ!!

 2月末、民主党と維新の党との合流が正式決定。ネットでは新党名を公募するなど具体的な動きが急加速中。民主党は1996年の総選挙前に、新たな政治の可能性を追求する60名近くの議員によって結党された。今年はそれからちょうど20年の節目を迎える年だ(結党は9月なので正確には20年には半年ほど届いてはいないが)。それから20年、民主党は民政党や新党友愛などとの合流を経て野党第1党へ。そして小沢さん率いる自由党とも合流し、その都度日本の政治に大きな足跡を残してきた。そして名実共に自民党に変わって政権交代を担える政党へと成長した。途中郵政選挙など不運な出来事もあったが遂には政権交代を果たし、私たちに政治の可能性と希望というものを示してくださった。

 政権交代後の衆院選で大敗しつつもその後の勢力回復はほぼ足踏み状態で現在に至っている。はっきり言って今の政治の状況は異常だ。安倍政権はこれまで自民党ですら憲法違反の可能性が高いと手を付けてこなかった集団的自衛権を容認する方向へ急旋回し、左右のイデオロギー問わず反対や疑問の声が高まっていた戦争法案を数の力だけで強行採決させた。そしてその次には立憲主義の根本を否定するような形での憲法改悪を強行しようと目論んでいる。
 一方の野党はそんな異常な政権に対し政権打倒の有効打を全く見出せないような状況が続いていた。しかしそれもこれまでだ。維新の党が民主党に合流。これは日本政治史における正に黒船来航にも匹敵する出来事になりうるのではないか。単に合流するだけではなく党名も変更する。確かに20年で定着した民主党の名前が変わるのは非常に名残惜しいし寂しいものがある。だが党名を変える事によるインパクトが安倍政権を打破する大きな力になるのであればそれもありだろう。新党名に部分的に民主の名前を残すのか残さないのかという部分がまだ纏まらないようであるが、あえて何も言うまい。もし民主の名前が消えるというなら、私たちはその消えゆく名前に最大限の敬意と感謝の念をもって見送ろう。

PageTop

論じるだけの価値も無い内閣改造

第三次安部改造内閣

 さて内閣改造後色々とよくないおしらせ。何と秋の臨時国会が全く開かれない模様。2005年も開かれなかったそうだが、あの時は郵政選挙の直後であたっためその代わりとして特別国会が1ヶ月近くにわたり開かれていたし、2003年も衆院選が11月にあったためその後特別会が開かれたであろう。しかし今年は選挙も無い。通常国会閉会後全く何も開かれないとなればきわめて異例だ。

 さて今回の内閣改造で一言言っておきたいのが島尻。来年改選になる参議院議員だ。選挙区はというと沖縄、つまりオール沖縄との激戦の一騎打ちとなるのだ。昨年の衆院選では、自民圧勝の中で沖縄県だけは4つの選挙区全て自民党が大敗した。ましてや戦争法案の成立で自民党への逆風は強まることはあれど止むことはない。選挙対策の知名度アップのため入閣させたのではと見てしまうほどだ。

 もう一つ言っておきたいのが河野太郎。彼は脱原発をこれまでも主張するなど安倍とは方向性の異なる面も多い人物のはずだが…。閣内に入れることによってむしろ発言を封じる方向なのか?。

PageTop

安倍談話を辛口論評

 8月14日、世界が不安と警戒を示す中、予定通り安倍談話が発表された。


全文
 終戦七十年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、二十世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます。

 百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。

 世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。

 当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。

 満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。

 そして七十年前。日本は、敗戦しました。

 戦後七十年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。

 先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。

 戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。

 何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。

 これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。

 二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。

 事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。

 先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。

 我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。

 こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。

 ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。

 ですから、私たちは、心に留めなければなりません。

 戦後、六百万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。

 戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。

 そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。

 寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。

 日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。

 私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。

 そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。

 私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。

 私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。

 私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。

 私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。

 終戦八十年、九十年、さらには百年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。その決意であります。


PDFファイルはこちら


 談話を語る上で外せない4つのキーワード「侵略」「植民地支配」「反省」「心からのお詫び」は一応は入っている。しかしただ入っていればいいというわけではないのだ。実際にどうであったかと言えば、過去謝罪を続けてきたという説明や引用だけであって、安倍自身の言葉としての謝罪や反省ではない。
 そう言えば談話の作成を巡っては、閣議決定をするのかしないのか二転三転があったし、閣議決定せず安倍の個人的主張となるというような話まで出たほどだ。結局は閣議決定する事になったため、就任時に村山談話を一応形の上で継承すると言っている以上は入れざるを得なかったという具合だろうか。しかし何とも姑息というか幼稚な手口ではないか?。

 それ以外の箇所についても一言言いたい。序盤に出てくる昔の世界云々のくだりは不要だ。日本が先の大戦、とりわけアジアへの侵略と植民地支配に対する謝罪の意思と反省を未来に生かすという趣旨をより伝えるべきではないのか?。色々な話を引き合いに出すことで却って話の内容がわかいにくくなっている。
 そして笑い種しかないのが「謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。」の部分。どの口でそんなことを言うのか?。未だに慰安婦問題は解決の糸口が見えない、と言うより安倍に解決する気自体がない。戦後70年経てどもなお、被害者はまだ生きている。そしてその悲劇の体験を語っている。まずはハルモニ達の声に応えることが先ではないのか!。
 さらに謙虚な気持ちで過去を受け継ぎと言うのなら歴史の否定をやめろ。A級戦犯が合祀されている靖国への総理や閣僚の参拝、侵略の象徴という一面も持つ日の丸君が代の強制、こうした問題に対する態度に安倍の姿勢がありありと見て取れる。また言わせてもらえば在日韓国人の問題もそう。彼らがなぜ日本にいるのか?。全員が強制連行されてきたとまでは言わないが、それでも日本の植民地支配がなければ起こりえなかった問題なのだ。歴史に向き合うと言うのなら、今彼らが直面している差別や攻撃にこそ目を向けるべきだ。

 そして何よりが憲法9条。そもそも平和憲法の存在そのものが、先の大戦による植民地支配・侵略による犠牲の反省の上に成り立ったものなのだ。その平和憲法を破壊しようと先頭に立っているのが安倍自身に他ならない!!。
 この安倍談話を一言で評するなら、言動不一致の口だけ談話というところであろう。世界は見ている。

PageTop

参議院で絶対阻止!、戦争法案!!

 15日、戦争法案の衆議院における委員会採決が強行された。反対の声もむなしく自民党の数の暴力によって押し通されてしまうのが悲しい現実である。翌日の本会議採決では委員会採決のような派手なパフォーマンスこそないものの野党は当然反対で一致した。次の舞台は参議院へと移されるが、私たちは断固反対の意思、廃案に向けた行動を貫き通すだけだ。

 15日の委員会採決の様子はこちら。
http://www.youtube.com/watch?v=t86FElBd2b4

 皆さんはどのように感じたであろうか?。私は民主党のイメージアップという点ではこの行動を大いに評価したい。民主党はこれまでも色々な政策において党内で意見が一致しないといった声があるのも事実だ。しかし今回の強行採決反対アピールによって反安倍で団結しているといった点を大いにアピール出来た。やはり民主党はいつでも私たち市民のために先頭に立って戦ってくれる頼もしい政党であると、そのように一人でも多くの方が感じ取ってもらえれば、決して無駄ではなかっただろう。

PageTop

イスラム国後藤さん殺害から1週間、安倍の失態が続々と!

 2月1日日曜日。イスラム国の人質となっていた後藤さんが殺害されたという最悪の結末が各局で報じられた。それからおよそ1週間弱、人質救出の舞台裏のあまりにお粗末な実態が続々と明らかになりつつある。最も驚いたのは身代金の金額だけでなくイスラム国側と全く何も交渉を行っていないと菅が語った事であろう。初めから救出する気がなかったのではないのか?と疑われても仕方がない。もっとも日本側にイスラム国との交渉のコネクションがあったかと言えば甚だ疑問ではある。中山政務官がヨルダンだかレバノンに現地連絡係として留まっていたが、何をしていたかと言えばあちらこちら走り回るしか出来なかった。
 一方日本国内では中田考さんが仲介役になろうと名乗りを上げていたが、政府側からは何の接触もなかったようだ。もっとも非公式であれ何らかの打診があれば、あのような会見を行う意味は全くない。あのように会見が行われたこと自体、全く何の動きもなかった事を物語って言えるだろう。
 もう一つ、ここ数日言われるようになったことであるが、なぜトルコの側に対策本部を置かなかったのかという事。トルコ側からの交渉で人質解放に成功した諸外国の先例がある。それにヨルダンは対イスラム国の有志連合の一員である。イスラム国からすれば正に敵なのである。そのヨルダンと日本が組んだというイメージを与えれば、当然日本も敵国の一部と見なされるのは当然ではないだろうか?。

 そして最も驚いたのは12月時点、衆議院解散の直後には既に後藤さんが拘束されている事を官邸は掴んでいたという事である。であれば安倍がやるべきは選挙応援ではなく、国会閉会中だからこそ、政府として救出に普段以上に集中できたはずだ。しかし腰を上げたのはイスラム国が拘束映像を世界に発信してから。それがなぜかと言うと、更に驚かされるのだが、後藤さんを拘束しているのがイスラム国と判ったのは映像が出てからだと言うのである。
 果たして信じられるだろうか?。これだけ色々な疑義が出てくるような状況ではそれを信じろと言われても誰が素直に信じるのだろう。仮に本当だったとしても、それはそれで日本の情報収集能力があまりにお粗末としか言いようがない。

PageTop

民主党新代表に求められるもの

 年末に行われた第47回衆議院総選挙、民主党は議席をいくらか増やしたもののとても党勢回復と呼べるようなものではなく、さらに海江田党首が落選という憂き目に。自公の3分の2は相変わらず続いたままで、ファシズム政権に対抗する力学という点において、自公の議席を削ることが出来なかったという点においては完敗と言っていい。結局減ったのは殆ど相手にされていない次世代の党と、どっちつかずな立ち位置のまま空中分解したみんなの党の分が野党内で再分配されたに過ぎないのだ。

 海江田さんの後任を選ぶための代表選がもうすぐ行われる。いま民主党に求められているもの。それは自民党に対する確かな対抗策を打ち出すことに尽きる。集団的自衛権や原発再稼動などにおいてはしっかりと反対の姿勢を示してもらいたい。自称アベノミクスなるアホノミクスという愚策に対しては、2013年の参院選では「くらしを守る力になる」と訴えてきたし、総選挙では「豊かな中間層を復活させる」と明確な反対のビジョンを打ち出してきた。そうした方向は間違ってはいない。しかしそこから更に先に進むためには自民党とは違うのだという点をより具体的に示す必要があるだろう。
 最も対案の示しやすいのは増税の問題だろうか。自民党は相変わらず庶民切捨て大企業富裕層優遇の税制を強行しようとしている。そこで富裕層や大企業への締め付け強化を行う具体案を示せれば、市民の注目は一気に集まるだろう。
 集団的自衛権などに対しても明確な反対の姿勢を示す。そうして世論を二分する問題の対立軸を作る事が、自民党を追い落とし政権交代を実現させるための最も大きな近道なのではないだろうか?

 今回の代表選、岡田さん、細野さん、長妻さんらの三名によって争われますが、自民党との対立軸を示すという面において、リベラルの結集を掲げる長妻さんを推したいと思います。


1月3日、カウンターによれば5700人越えたようです。

PageTop

問われる、公職にある者の資質

 第2次安倍内閣は閣僚の不祥事が大きな問題になることも無く安全運転で進んできたという具合だったが、先月の内閣改造を経て2人の人物に大きな疑惑が浮かび上がった。一つは松島法務大臣が選挙区でうちわを配布していたと言う問題、そしてもう一つは小渕経済産業大臣の観劇料肩代わり疑惑である。松島みどりの場合、あれを団扇ではないと言うには無理がある。自民党信者の間では蓮舫さんも団扇を配っていたという戯言も出ているが、蓮舫さんの場合は取っ手の棒や骨組みは無い上に、選挙管理委員会によって認定されたものであるという事実を知っておいてもらいたいものだ。
 しかしその団扇事件なんて軽く吹っ飛んでしまうような事件が起きた。小渕大臣の観劇料問題だ。支援者らの観劇会を小渕事務所は以前から行っていたらしい。しかし参加者から集めた金額と劇場に支払われた金額が倍以上違うというのである。その額は1000万を越えているのだ。その差額は何処から出ているのだ?。参加者以外の場所から出ているのであればそれ相応の金額が政治資金として報告されていなければおかしいがそのような記載はないという。本人は報道で知ったというが単なる書類作成のミスにしては金額があまりに大きい。しかも1回だけではなく2年連続でそうだとテレビでやっていた。

 元総理である鳩山由紀夫さんはかつて「秘書の責任は政治家の責任」という名言を遺した。小渕大臣は責任を取らなければならない。最新の報道では辞任の意向だと伝わってきているが、今こそ民主党や社民党は力の見せ所だ。臨時国会では労働者派遣法が労働者にとってデメリットしかないような改悪が行われようとしている。野党が政治資金問題で厳しく追求すればこれを廃案に追い込むことは不可能ではない!。そして来年春の統一地方選勝利に向けた大きな一歩を踏み出してもらいたいものだ。

PageTop

土井たか子さん、亡くなる。

 今月9月20日にあの土井たか子さんが亡くなっていたという衝撃のニュースが本日流れた。

 土井さんは1969年の衆院選で初当選。この選挙で初当選した同期には生きる伝説小沢一郎さんの他、同じ社会党で当選し今も現役の横路孝弘さんもいる。現在も現役なのはこの2名ぐらいだろうか。近年落選や引退された方では羽田務さん、石井一さん、渡部恒三さん、森喜朗もこの時当選。土井さんはその後一度も落選する事無く2005年、いわゆる郵政選挙まで衆議院議員を務められた。1989年の参議院選挙では社会党委員長としてマドンナ旋風とも言われる社会現象を起こし自民党を初の過半数割れに追い込み、伝説の『山は動いた』という名言をお残しになった。その後1990年の衆議院選挙でもマドンナ旋風は続き議席大幅増加。ただそれでも136議席に留まってしまったのは残念。
 しかしこの時初当選したいわゆる土井チルドレンはその後、私たちのために大きな活躍を遂げることになる。赤松広隆さん、池田元久さん、大畠章宏さん、岡崎トミ子さん、輿石東さん、仙谷由人さん、筒井信隆さん、土肥隆一さん、松本龍さん達である。彼らはそれからおよそ20年後、政権交代を実現し、私たち市民に大きな夢を与えて下さった事は記憶に新しい。しかし土井さん人気は失速し翌1991年の統一地方選での敗退で委員長を辞することに。
 そして1993年、社会党は自民党過半数割れによる細川政権に野党第一党として参加するが、新党ブームの中で社会党だけが議席半減の大敗。ここで土井さんは史上初の女性議長となったのであった。ただもしここで議長になっていなければ、山花貞夫さんの後を受けて村山さんでなく土井さんが委員長になっていれば史上初の女性総理になっていた可能性もあったらしいとテレビで誰かが言っていた。総理を狙える可能性もあっただけにそれが実現しなかったのは惜しい。しかし土井さんは議長として、議員の呼称を「~さん」に統一するなど私たちに新たな時代を感じさせてくれたのである。

 細川政権退陣後、自社さ政権となり与党に留まっていたが1996年に社会党は社民党となる。新社会党や民主党への分裂もあり党勢は衰退したかのように見えたが、それを立て直したのは正に土井さんだ。村山党首の後、社民党2代目党首に就任。1996年の総選挙では新たな顔ぶれとして辻元清美さんや保坂展人さんらを当選させることに成功。両名とも社民党を支えるエース級としてその後活躍していくこととなるのである。そして1998年には福島瑞穂さんを当選させた。近年の土井さんの一番の功績は瑞穂さんを当選させた事ではないだろうか。瑞穂さんは土井さんの後を受けて約10年間社民党党首として活躍する事になり、今も社民党の顔として国民の人気は高い。2000年の総選挙では新人13名を含め5議席増の躍進を遂げるが2003年の総選挙以降議席は一桁になってしまい、土井さんは委員長を辞任。翌2005年総選挙では比例単独候補となるも落選。

 かねがね土井さんは憲法を守る護憲派として活動してこられた。土井さんが現在の自民党による憲法改悪の動きをご覧になったなら、どのように仰ったことであろうか?。私たち市民一人ひとりが土井さんの教えを受け継いでいかなければならないのだ!!。

PageTop

韓国新大統領就任クル!

 今月末、韓国の李明博大統領が任期切れにより退任し、後継として朴槿恵大統領が就任した。ここでマスコミがまたも全く報じない大きな関連ニュースを一つ。

 生活の党の小沢代表は18日、ソウルで25日に行われる韓国の朴槿恵(パククネ)次期大統領の就任式に出席することを明らかにした。
 小沢氏は18日、国会内で開かれた党幹事会で、「大統領から招待を頂いたので、行ってこようと思っている」と述べた。

(2013年2月18日23時02分 読売新聞)


 テレビ等では麻生が会談したどうこうと伝えているが、韓国大統領の任期は5年。一方日本では2016年秋冬までには解散総選挙が行われる。つまり約3年半後には民主党を中心とした政権交代が起こり、小沢さんも連立政党の一つとして重要なポジションに就くわけなのである。そのような立場にある人物が諸外国からすでに将来の日本政治の重要な人物として招待を受けているのだ。海外へ向けての政権交代を目指したアピールも着々と進行中なのである。

PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。