野田内閣では復興に向けて期間限定の増税案を目下構築中のようだ。組閣直後にいは小宮山厚労大臣がたばこ税の増税について勝手に口を開き顰蹙をかう一幕があった。実際に権限を持つ安住財務大臣は小宮山案に賛同する事はなかったが、復興財源確保のため少なからずもたばこ増税にも現実味を帯びてきた。所得税の増税は避けられそうにない。
よく平均的な一般家計で約○○円の負担増というフレーズを報道などではよく聞く。しかし一歩立ち止まって考えてみるべきだ。国民全体の負担を少し増やすよりも良い方策はないものか。あるではないか、富裕層の累進課税の上限を大きく引き上げるという方法が。国民は民主党に「国民の生活が第一」を期待して政権交代を実現させた。生活が第一とは、未曾有の異常な格差社会の打破そのものである。これだけの収入格差を統制しきれない事はわかる。であれば金の出口を権力がコントロールするという発想をもう少し持つべきではないだろうか。そういった意味で累進課税とは国家が金の出口を調整できる数少ない方法なのだ。これほど前例のない格差社会が進行しているのだから、累進税率上限を過去最大にまで挙げよ。
もう一つ出来そうな事は医療費の一律三割負担を止める事だ。保険料は収入に応じて変化しているのだから、国民各々の所得もそこから判別できる。高所得者層には三割負担ではなく、四割、五割、六割と収入に応じて自己負担率を上げていく。保険証にこの方は何割負担なのかを明記すれば医療現場で不要な混乱も最小限に抑えられる。そして貧困層の自己負担率を二割、一割と下げればそれは格差調整に向けての大きな政策の一つとして認められる。仮に自己負担率を下げなくとも富裕層の負担を引き上げる事により、国の社会保障予算の増え続ける増大に対し抑止力の一つにもなる。
ここで提言したい事を一言で述べるなら、収入格差に歯止めが掛けられないのなら、富裕層の権利を制限する事によって相対的な平等を目指すという発想をなぜ持てないのだろうかということだ。人権上問題があるという声もあるかもしれないが、かつてない未曾有の格差社会こそが平等の原則に大きく反するものではないだろうか。
テーマ:思うのは私だけ? - ジャンル:政治・経済
- 2011/09/30(金) 15:45:47|
- 社会問題
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0