新・必殺ブログ人~ひとり市民革命~

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次回の教科書改訂で歴史教科書はどう変わるか

 8月30日午後8時、日本の歴史が完全に変わった瞬間である。まだ実感が湧いてこない国民が多いようだが、これは日本史上2000年間において最も画期的な事なのだ。何が史上初の出来事かと言えば、国民総意により政権が斃れたという部分。日本で権力が転覆した例としては、鎌倉・室町・江戸の三幕府の成立と終焉、そして明治新政府の成立、終戦後の大転換が挙げられるが、その全てに共通している事は、一部の勢力によって行われたという事である。ましてや戦後改革はGHQ主導であり国内の権力階級の意志すらそこにはなかった。
 非自民党政権自体は以前にも細川内閣や羽田内閣の登場があったが、あの時とは根本的に違う点を国民は理解しているのであろうか。その歴史を少し振り返ってみたい。前回との根本的な違いは自民党が第一党ではなくなったという歴史的事実だ。細川内閣の時、自民党は確かに過半数を下回った。しかし自民党の議席数を超えた政党は存在しなかった。一方の連立政権は各党の足並みが揃わず。当の細川総理は佐川急便問題で辞任し、その後を受けた羽田内閣も数十日で退陣。連立政権は思いの外脆く社会党が連立離脱した。下野していたとはいえ最大勢力であった自民党、すかさず社会党と連立を組んで過半数を上回るというウルトラCで政権復帰。社会党に逃げられた残りの勢力は新進党として集結した。小沢一郎は新進党当時も二大政党制を目指すような発言をしていたが、所詮は寄集め。政策が纏まらず空中分解の道を辿るのであった。
 その時代から十年弱。民主党は日本の憲政史上初の素晴らしい政党と相成ったわけである。そしてその民主党は総選挙によって国民総意により堂々と政権の座を手にした。

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